2008年07月23日

べたほめ その2

アメリカでは小学校の1年からクラスの中でできる子には厚い教科書、できない子には薄い教科書をつかって教える、つまり習熟度指導、ありていに言うと差別して教えるそうです。

ということで、アメリカでは小学校の1年生の段階で、できない子は心に大きな傷をおってしまう、劣等感をもってしまうそうです。さらには、できない子は、だいたいいじめの対象になるそうで、10人いたらひとりはのけ者にされるそうです。

日本では、差別はしない、みんなで助け合いましょう、協力し合いましょう、みんなで考えてしましょう、という教育をします。授業も先生が大変に工夫して、生徒に考えさせる授業をします。生徒にクラスの運営をまかせて自主性をもたせる工夫をしています。

アメリカでは生徒にクラスの運営をまかせるなどありえないそうです。生徒が協力して何かをやるというのもないそうです。

なぜなら、小学校1年の段階で、クラスのほかの人間は競争相手でしかないからです。

学校の行事そのものが非常に少なくて、しかも運営はすべて先生がおこなう、つまり生徒が何かを協力してやるというのはなくて、かりにある場合には、事前に決められた作業分担を各自がやるというスタイルだそうです。

授業も先生が工夫して教えるのではなくて、教えた知識を覚えなさいというスタイルで、日本の小学校の工夫に富んだ授業とは大違い。

アメリカではクラスの運営も全部、先生が仕切って、問題がある生徒がいるのは当然ですから、行動主義というスタイルをもちいて、問題が起きないようにクラスのマネージメントをするのが先生の仕事。

行動主義というのは何かというと、ようは賞罰主義です。できる子にはご褒美をあたえて、できない子、悪さをする子には罰をあたえるスタイルです。

これで、クラスの中で、できる子ができない子を見下す、できない子、先生から罰をあたえられた子はのけ者にするという現象が起こるようです。

いじめも日本の比ではないし、学級崩壊もこれまた日本の比ではないようです。クラスを力と賞罰主義で仕切れないような先生は、先生失格となるようです。

この賞罰主義には、先生の顔色ばかりを見る生徒がでてくることと、何かご褒美をもらえないと何もやらないという生徒がでてくる弊害があるようです。

ちなみに、いじめられた生徒はだいたい先生には言わないそうです、言いつけると、いじめがさらにひどくなるからだそうで、この辺の事情は程度の差は別にすると日本と同じようです。

警察官が学校にいるところもアメリカでは多いようです。いじめというよりは、もう犯罪の範疇というのが多いからでしょう。

これだと、学校への送り迎えを親がやったり、スクールバスがあったりするのも当然ですね。

読んでいて、びっくりしました。


つづく





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